大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所八王子支部 昭和47年(ワ)31号 判決 1974年5月27日

原告

清水甲江

外三名

右四名訴訟代理人

鎌形寛之

被告

エヌ・ビー・シー工業株式会社

右代表者

栗田恭三

右訴訟代理人

和田良一

外四名

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

原告らは、「被告は、原告らに対し各金四、〇〇〇円および右各金員に対する昭和四六年一二月一日から完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに右各金員の支払いを求める部分につき、仮執行の宣言を求め、被告は「主文同旨」の判決を求めた。

第二、当事者の主張<省略>

理由

一原告らが被告会社の従業員であつて、かつ、その従業員で組織する中野篩絹労組の組合員であること、昭和四六年一一月四日被告会社と中野篩絹労組との間に、昭和四六年の賃金改定についての労働協約が締結されたが、精皆勤手当の支給については、支給額を出勤不足日数零日の場合に二、五〇〇円から五、〇〇〇円に、一日の場合に一、五〇〇円から三、〇〇〇円に、二日の場合に五〇〇円から一、〇〇〇円に増額することについての合意ができたこと、しかし、この合意を確認するための文書等は作成されていないことについては、当事者間に争いがない。そうすると、被告会社と中野篩絹労組との間の労働協約の規範的効力、あるいは、労働協約の成立は認めることができないとしても、原告らと被告会社との間に合意にそつた内容の労働契約の効力のいずれかにより原告らは被告会社に対して、一ケ月における出勤不足日数が零日の場合五、〇〇〇円、一日の場合は、三、〇〇〇円、二日の場合は一、〇〇〇円の精皆勤手当を請求できることになる。(因みに労働組合法1以下「労組法」という、――第一四条が労働協約について書面の作成および労使の各代表者による署名または記名押印を要するとしていることは、すくなくとも、労組法に定める効力――特に規範的効力――を有する労働協約は、右形式的要件を充たすものに限ると解すべきである。けだし、そう解しないと、当事者の意思を確認できない流動的な交渉過程での口頭の約束等に労組法上の効力を与えることになり、かえつて、当事者間の紛争を複雑にするからである。)

二原告らが昭和四六年一一月に生理休暇をそれぞれ二日間ずつ取得したこと、被告会社が昭和四六年一一月期の精皆勤手当支給の算定に際し、生理休暇取得日数を欠勤日数に算入し、原告らに対し出勤不足日数を二日として、精皆勤手当につき四、〇〇〇円を控除し各一、〇〇〇円を支給したことについては、当事者間に争いがない。

原告らが請求原因において主張するところは、必ずしも明らかではないけれど、女子の生理休暇取得日数を精皆勤手当の支給において、欠勤日数に算入することは、当事者間に合意(労働協約あるいは労働契約)があろうとなかろうと、実質的に労基法六七条の趣旨に反することになるので、許されないということのようである。

そこで、右主張を検討するに、民法は雇傭契約を「労務」と「報酬」との交換契約すなわち労働の給付と賃金の支払いとが対価的牽連関係にたつ双務有償契約として捉えている(民法六二三条)が、本件の精皆勤手当も精皆勤者に対する報償とその奨励にあることは明らかであるから、労働の給付と精皆勤手当の支給とは対価関係にあり、その限りでは「労働なければ賃金なし」の原則があてはまるといわねばならぬ。そこで、労働者の責に帰すべからざる事由による労働不能の場合は、使用者の責に帰すべき事由によるものでない限り、当事者双方の責に帰すべからざる事由による労働不能として、労働者は精皆勤手当の支給請求権を失なうことになる(民五三六条一項)。

ところで、生理休暇について労基法六七条は、使用者は生理日の就業が著しく困難な女子、または、生理に有害な業務に従事する女子が生理休暇を請求したときは、その者を就業させてはならない旨定めているが、これは一般的には生理現象は就労の障害にはならないが、主観的に困難を感ずる者および客観的に困難をともなうと考えられる業務の従事者には、要求があれば休暇を与えねばならないとして、女子労働者の保護をはかつたものである。すなわち、生理休暇は雇傭契約における当事者双方の責に帰すべからざる労働不能の一事例といえる。したがつて、労働契約、労働協約あるいは就業規則に格別の定めがない限り、生理休暇取得者は、当然に精皆勤手当請求権を取得するいわれはない。すると右の如き格別のとり決めをしていない本件にあつては生理休暇取得日数を精皆勤手当の支給に際し、出勤日数に算入することを請求することは、できないものといわねばならない。

以上説示したところから既に明らかであるが、生理休暇は就労制限なのであつて、労基法上生理休暇を有給とする旨の規定はなく、この点は民法にゆだねられているのであり、労働協約(あるいは労働契約)に定めた内容(本件に即して言えば、精皆勤手当の支給)が、結果として生理休暇を取得した女子に給与の面において不利に作用することがあつたとしても(仮りに、生理休暇日に出勤した女子に特別の手当を支給する旨の労働協約――労働契約あるいは就業規則――が、労基法六七条の趣旨に反し無効である場合があるとしても、そのことから直ちに右の如き無効とされることのある協約と、生理休暇を取得した女子に結果として不利益を与えることになる本件の如き労働協約――労働契約あるいは就業規則――とを同視することは本件における原告らの主張立証からは困難である。)そのことから直ちに右協約または契約の内容(生理休暇取得日を欠勤日数に算入する旨の内容)が労基法第六七条の趣旨に反し、また同法第九一条の趣旨に反し無効であるとか、あるいは公序良俗に反して無効であるとかいうことまではいえない。憲法は、労働者に団結権を基本的人権の一つとしてこれを保障している(憲法二八条)が、国家は労働基準法その他の法律によつて労働条件の最低限度を示すほかは、原則として労使間の労働条件に干渉せず、労働者の団結権を通じた自主的な活動による労働条件のとり決めに任せているのである。

同様に、生理休暇を取得した女子に、結果として不利に作用するような労働協約(あるいは労働契約)の存在が、女子労働者と男子労働者との対立を生じる原因となつて、労働者の団結に悪影響がある場合も予想し得ないではないけれど、これを目して労組法第七条第一、三号の不利益取扱いまたは支配、介入行為等に該当する不当労働行為であるとは、到底認め難い。

三昭和四五年五月一九日に、中野篩絹労組と被告会社との間で締結された昭和四五年度の労働協約によると、精皆勤手当の支給に際し、生理休暇取得日数を欠勤日数に算入することになつていたことは、当事者間に争いがなく、<証拠>によると、昭和四六年度の賃金改定に際して、中野篩絹労組は、精皆勤手当の廃止を主張し、同年一一月四日、昭和四六年度の賃金改定の協約が成立した際にも、右労組は精皆勤手当の支給の際に、生理休暇を欠勤日数とするか否かに関する事項に限つて、協約を結んでおらず、被告会社は同組合の意向を考慮し、昭和四七年度の賃金改定期にこの点については再検討することとし、昭和四六年度には、精皆勤手当全部の事項について、書面による協約を結ばない旨確認していること、就業規則と一体である被告会社の賃金規定一八条には、「精皆勤手当は、次のように支給する。欠勤〇の場合五、〇〇〇円、一日の場合三、〇〇〇円、二日の場合一、〇〇〇円、但し年休及び就業規則二〇条の休日(慶弔による有給休暇を定める。)は出勤とする。また遅刻、外出、スト等は一回二時間以内三回を以つて不足日数一日とする」旨規定されていること、以上の事実が認められる。

右認定した事実によると、中野篩絹労組と被告会社間の昭和四五年五月一九日付の労働協約の効力がなおも存続するか否かを問うまでもなく、精皆勤手当の支給に際し、生理休暇を出勤とみなす旨を定めた労働協約、労働契約あるいは就業規則の存在が認められないのであるから、原告らの請求は、その根拠を欠くことになり、理由がないといわねばならない。

四以上のとおりなので、精皆勤手当の支給に際し、労働協約労働契約に格別の定めがなくても、生理休暇取得者を欠勤者として扱うことは許されないとの原告らの主張は、独自の見解にもとづくもので到底採用できず、その余について判断するまでもなく、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(西岡徳寿 新田誠志 畔柳正義)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例